読書, 子供.

この本から。

学校の現場では、子供が学習することに対して
いかに苦痛を伴っていて、素直にやるつもりがないかをアピールすることが
増えているんだとか。

いわゆる学級崩壊もそのひとつ。
先生たちは大変です。

それは「怠惰」や「反抗」で説明されることが多いと思いますが
本書では違う分析をしていました。

それは不快さをアピールすることで
取引を有利に運ぶための処世術だということ。
キーポイントはサラリーマンの親です。

昔は自営業の人が多く、子供は親や大人の仕事っぷりを目にする機会が多かったものが
サラリーマンが増加することにより仕事が見えなくなりました。

それでも昔は月に一度給料袋を持ち帰って成果を目に見えることができましたが
銀行振込みによりそれもなくなります。

そうなるとお父さんは大変です。
自分が外で働いて頑張って仕事をして家族を養っているのに
それを家族にアピールする方法がなくなってきました。

そこで考えだされた手法が「不快さ」です。
家に帰ってきた時に、嫌な仕事でも家族のために頑張ってきたかを知らしめるために
疲れきって大変な思いをしてきたことを態度でアピールします。

そうすると、家族はそれほど大変なことを
家族のために毎日してくれているということで
父親を優遇し、家庭内ポジションが高くなります。

それを見た子供は、不快さ・大変さをアピールすることで
相手との人間関係を有利に築くことができることを学びます。

父親と同じように、学校で勉強してきたことが
どれほど不快に耐え、大変なことをしてきたかをアピールします。
それにより「頑張ってきた」と優遇されるのです。

それは家庭内に留まらず学校社会にも進出します。

学校では勉強をすることを教師から促されますが
それを取引上の提案と捉え、それに応えることの不快さをアピールして
自信が支払うコストを最小化すべく値切り交渉を行います。

教師は立場上、勉強してもらわなければ困ります。
しかし素直には勉強してもらえない。
そこでハードルを下げるなどして妥協点を探します。

かくして取引を有利に運ぶことに成功し
不快を表すことによりコストを下げるというメリットを得ます。

短期的に見れば成功に見えるこの取引も
勉強をしないということを成果としているので当然自分のためにはならず
長期的に見れば大損です。教育ほど効率の良い投資はないものですから。

しかし子供が数十年先のことを考えられるはずもなく
こうして日本の教育水準はどんどん下がっていく事になります。

私が思うに、全体の構造を変えるというのが理想ではありますが
部分的にこれに歯止めをかける対処策としては
もっと上の世代や国外など、もっと広い視点をもたせるしかないのかと。

小さな世界だけを見ていると絶対値としての値が下がっていても
相対値として下がらないと気付くことができません。

どうすることが本当に正しいのかを判断できるくらい
大きな世界を肌で感じることのできる環境が必要です。

広島ブログ

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