真面目に考える.

以前教育関係の議論を少しさせてもらった大学関係者の方から
興味深い情報を送っていただきました。

下記の記事関連です
イマドキ大学生 労働意欲「低下」 求む「打たれ強さ」(産経新聞) – Y!ニュース

「労働意欲の低下」と若者だけに問題があるような印象を受けますが
年配者の求める若者像と現状とにギャップがあるというだけだと思います。

とはいえ社会はその年配者の作ったシステムで動いており
それに対応できないと社会生活を送ることが困難なことも事実。
なんらかの形で解決する必要がありますね。

両者のギャップ内、若者側を社会に合わせるパターンの場合は
若者に変化を求めることになります。

私は大学生の現場を直接知る立場にはありませんが、
大学・企業側の意見を参考にすると
特殊な職業技術どうこうの問題ではなく、社会人としての基礎能力不足を問題視しているようです。

挨拶をする、敬語を使うなどのコミュニケーション能力や
自分で考えて動くなどの主体性の問題です。
これは訓練をする場があれば解決しますよね。

企業・大学側の共通認識として、できる学生とそうでない学生の2極化があるとのこと。
これは訓練を積む機会を得た学生は順調に成長し、
そうでない学生は成長しないということだと思います。

ハングリー精神に満ちあふれていた世代の人は
「訓練する場も自分で作るのが当たり前だ!」などと思うかもしれません。

しかし、何もかもそろった豊かな世代にそれを求めるのは難しいかもしれませんね。
場を作るという最初のハードルくらいは大人が準備してあげてもいいかなと。

あとは学生のやる気や努力と比例して能力が身につく環境ができれば
一定数の社会適応能力を持った人材が育つので
社会が上手く機能することになります。

ではその場というのはどのようなものが良いかということになりますが
私は江戸時代の寺子屋のようなものが良いのではないかと思います。

大人数が一括して効率良く教育を受けることのできるシステムが「学校」だと思いますが
その仕組みだけでは不足していることが現状です。

その不足分を埋めるものとして、
街の大人たちが若者に対して
自分の知っていることを小規模で教えるという文化はどうでしょうか。

「先生」とは別の、学校世界の外にいる大人に何かを教えてもらうには
礼節が必要になってきます。

また、小さなコミュニティであれば教えられる側にも
単に座って話を聞く以外の役割が運営上必要になってくるでしょう。
そういった雑務も大人が見守り軌道修正をしてもらいながら学んでいくことができます。

大人というのは主に年配者を想定して言っていますが
自分の知識や経験を若者に伝える場があれば
喜んで提供するという方はいるのではないかと思います。

若い世代の就労に問題が出てきているということは
付随する社会制度や文化が変わるきっかけになります。

若者の教育・育成はこれから大きな変革期に入っていくのかもしれません。

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